小田和正は一級建築士ではない?当時の受験資格で考察もファンクラブ会報Far East Cafe Pressに答えがあった

小田和正の画像

これまでにオフコースのヴォーカリスト、シンガーソングライターとして活躍してきた、小田和正さん。

ここでは、そんな小田和正さんに関する話題をピックアップしていきたいと思います。

小田和正さんのアーティストとしての歩みは、どういった感じになっていたのでしょうか。

しかし、音楽活動で有名な小田和正さんには、建築関係というまったく異なったジャンルの話題もあったのでした。

小田和正さんは一級建築士なのか、一級建築士ではないのか?ということも注目されていたとのこと。

はたして、どうなっていたのか、これからさっそく、確認していきたいと思います。

当時の受験資格による考察、小田和正さんのファンクラブ会報『Far East Cafe Press』における答えとは…?

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1.小田和正のプロフィール

小田和正さんは、1947年9月20日、神奈川県の出身で、現在の年齢は73歳となっています。

小学生時代に鈴木康博さんと出会った小田和正さんは、高校時代に、地主道夫さん、須藤尊史さんもくわえて、音楽活動をスタート。

グループはやがて、ジ・オフ・コース、その後さらにオフコースと改名することになりました。

オフコースは、1969年、ヤマハ・ライト・ミュージック・コンテストに東北地区から出場し、第1位で通過したうえで全国大会に進出して、第2位という健闘を見せることになったのです。

そしてオフコースは、小田和正さん、鈴木康博さん、清水仁さん、大間ジローさん、松尾一彦さんからなる5人組となりました。

やがて「さよなら」、「Yes-No」、「君が、嘘を、ついた」といったヒット曲を次々と放っていったオフコースは、1989年に解散するまで、大活躍していったのです。

一方で、小田和正さんは、1986年に、シングル「1985」のリリースによって、ソロデビューも達成。

1991年には、月9ドラマの『東京ラブストーリー』の主題歌になった「ラブ・ストーリーは突然に」がまれにみるヒットを記録したことによって、すっかり時代の寵児となったのでした。

これ以降も、小田和正さんは、「伝えたいことがあるんだ」、「キラキラ」、「まっ白」といったヒット曲に続々と恵まれていきます。

楽曲がタイアップされたCMは、第一生命、三菱自動車工業、シャープ、味の素、日産自動車、明治生命、ハウス食品、日本コカ・コーラ、名古屋鉄道、ソニーBRAVIA 4K、SUBARU、NTT東日本などと、非常に多岐にわたっていました。

そんな小田和正さんは、2007年には、東北大学100周年記念文化貢献賞芸術・文化部門、そして2009年には、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞するなど、受賞歴も豊富なものに。

古希を過ぎているとは思えないほど精力的に活動している小田和正さんを、今後も引き続き、応援してまいりましょう。

2.小田和正の学歴

さて、そんな小田和正さんは、学歴はどうなっていたのでしょうか。

小田和正さんの出身校は、小学校は関東学院六浦小学校、横浜市立八景小学校、中学校、高校は聖光学院でした。

そして大学は東北大学で、大学院は早稲田大学大学院だったのです。

もともと知的なイメージのある小田和正さんではあるものの、ここまで偏差値が高かったとは仰天せざるを得ません。

しかし、小田和正さんといえば、学業に関する気になる話題がほかにもまだありますので、次で確認していくことにしましょう。

3.小田和正は一級建築士ではない?

小田和正さんには、なんと、一級建築士ではないのか?という、不思議な疑惑があったとか。

結論から言えば、あいにく、小田和正さんは、一級建築士ではありません。

なかなかかん違いされることではないため、どうしてこんな誤解が生まれたのか、不思議ですよね。

実は、小田和正さんは、中学生、高校生だったころから、建築に関心があったとのこと。

授業中に建築模型を製作したこともあったらしく、オフコースのメンバーだった地主道夫さんといっしょに東北大学に入学した後、本格的に建築を学んでいたのでした。

さらに、早稲田大学大学院においても、「私的建築論」という修士論文まで執筆していたのです。

ここまで本格的だったのであれば、一級建築士の資格を取っていたのではないかと誤解されたとしても、不思議ではないでしょうね。

一級建築士試験の難易度というものは、未経験かつ専門の学歴もない状態の人が学科試験に通ろうとした場合はそうとうな努力が必要です。

さらに、学科試験を通り抜けた先にある製図試験に至っては、未経験かつ初受験の人が合格を手にすることはほとんど不可能だとも言われています。

しかし、小田和正さんのように大学や大学院にまで行ってきちんと体系的に学んだ人にとっては、それほど難しい試験ではないでしょう。

つまり、小田和正さんは受験資格さえ取得できればおそらく比較的簡単に一級建築士の試験には合格できなのではないかと思います。

しかし実際には一級建築士の資格試験を受験することなく、音楽の道へ進んでいったのでした。

1975年12月22日、の大学院修士論文発表を終えた小田和正さんは、その夜のライブのMCで「今日、僕は建築とお別れしてきました」と語ったのだとか。

建築に思い入れがあることはファンであれば知っていたでしょうが、「お別れしてきました」とまで言うほどの決断だったことは中々理解できるものではなかったはずです。

しかし、その後のオフコース・小田和正さんの活躍を見れば、建築とお別れして音楽の道へ進んでくれてよかったと思わざるを得ません。

4.小田和正の一級建築士の有無、当時の受験資格で考察もファンクラブ会報Far East Cafe Pressに答えがあった

ということで、一級建築士ではなかった、小田和正さん。

とはいえ、誤解をしている人は跡を絶たないようです。

この件については、当時の受験資格で考察するまでもなく、小田和正さんのファンクラブ会報『Far East Cafe Press』に答えがありました。

1999年の『Far East Cafe Press』にて、なにかの資格を持っているか尋ねたファンに、小田和正さんは運転免許証と答えていたのですね。

このことから、小田和正さんは、一級建築士はおろか、その他の有名な資格は持っていないとみられます。

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小田和正さんは、予想以上のインテリで実にビックリさせられました。

音楽の実績だけでもすごいですから、複数の能力に恵まれていて、うらやましいですよね。

これから先、小田和正さんが建築方面でも力を発揮することはあるのでしょうか。

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